一生使える派遣
バブル崩壊後の「失われた15年」にようやく終止符が打たれ、日本経済復活に向けて潮目が大きく変わったとの見方が増えている。
過剰設備・過剰雇用・過剰債務のいわゆる「三つの過剰」が解消され、財務体質が大幅に強化されるもとで企業の経常利益は史上最高水準を更新し、設備投資も中期的な拡大局面に入ったようにみえる。
2002年初めを起点としてわが国の景気は回復傾向を続けており、2006年11月には「いざなぎ景気」を凌駕して、現在、戦後最長の景気拡大期間を更新中とみられる。
もっとも、現下の景気回復は企業部門主導であり、雇用・賃金の改善は鮮やかなものにとどまっている。
また、過去10年間、非正規労働者が増え、いわゆる「成果主義」が導入されるなか、雇用不安が高まり、職場でのストレスを感じる人々が増えている。
バブル崩壊後急激な悪化を経験した若年層の就労環境はここにきて雪解けの兆しがみえるとはいえ、依然として厳しい状況に変わりはない。
2007年春の新卒採用戦線はバブル期以来の「売り手市場」の様相を呈したとはいえ、過去10年にわたる採用抑制の反動増や、団塊世代の退職を見越した人員確保の動きがあることを割引いて考える必要がある。
1990年代後半から2000年代前半に学校を卒業した若者の離職率は上昇傾向をたどり、非正規労働者比率は高まったままである。
また、実質GDPからみれば社会全体が豊かになっているはずにもかかわらず、最低水準の生活費すら得ることのできない低賃金労働を余儀なくされている「働く貧困層(ワーキング・プア)」の増加という問題も生じている。
雇用の「量」は回復し、失業率は水準を下げたものの、雇用の「質」の劣化という新たな問題が広がりつつある。
さらには、合計特殊出生率(女性が一生のうちに産む子どもの数)が低下傾向を続けている。
このためもあり、止めどもない少子化の進行が投げかける悲観的な「老齢社会・日本」のイメージは払拭されていない。
また、公的年金や介護保険をはじめ社会保障制度に対する信頼が揺らぐなか、国民の将来生活に対する不安はむしろ強まっているようにもみえる。
このように、わが国の経済は再生に向かいつつあるが、人々の生活は十分に再建されたとは言い難い。
バブル崩壊後の経済・社会環境の激変に対応して、経済改革面では様々な取り組みがなされ、それが一定の成果を結びつつあるのは確かである。
しかし、その一方で、社会改革面での取り組みは置き去りにされ、金属疲労を起こした国民生活基盤がいわば「溶融(メルトダウン)」をはじめた。
バブル崩壊以降のわが国では、市場原理の重視によって経済再生を成し遂げたとされるレーガン、サッチャー両政権を手本とした経済システムの改革が推進されてきた。
とりわけ2001年5月に誕生した小泉政権は、発足以来「構造改革」をスローガンとして掲げ、バブル崩壊後繰り返されてきた不況時の公共投資追加を止め、規制媛和の推進、郵政民営化・道路公団民営化等、政府規模の縮小に取組んできた。
ここ数年以来、結果的に民間主導の景気回復が実現されつつあることは、この「構造改革」路線が成果を生みはじめたものと評価してよいであろう。
しかし、政府が最終的に果たすべき役割は国民生活の安定・質の向上にある。
その意味では、先にみたように、政府は事態の根本的解決に向けた対応策を講じてきたとはいい難い。
これまでは社会システムの議論は後回しにされ、結果として経済活力が回復されれば国民生活の安定・質の向上は自ずと達成されるとの前提で「改革」が行われてきたといえる。
それは、「成長」と「福祉」を短期的にはトレード・オフ(二律背反)の関係にあるものと捉えたうえで「成長」により高い価値を置き、規制緩和と政府機関の民営化を軸として「小さな政府」の実現を目指すものであった。
しかし、その帰結は、すでに指摘したように、経済の再生の一方で社会の不安定化である。
そうしたことから、いわゆる「格差問題」等を盾に、構造改革・市場原理重視路線への批判の声が高まっている。
マス・メディアでも、過去十余年の流れを否定し、規制再強化・市場原理否定をうたう論調が勢いを得つつある。
だが、いわば時計の針を戻すように、再び「大きな政府」を指向し、今後は逆に「成長」よりも「福祉」を重視するという路線を選ぶことで、問題は解決するのであろうか。
規制緩和が誤りであったとし、再び政府の介入を強めることで状況は好転するのであろうか。
ここで海外に目を転じると、1990年代以降、政府規模の大小や民間への事前的な介入度の強弱を基準とした「大きな政府」対「小さな政府」というかつての二項対立的な単純な構図は色褪せ、「成長」と「福祉」の関係の捉え方に変化が生じはじめている。
ケインズ主義に基づくマクロ財政政策よりも、規制改革・競争政策と適切な金融政策の組み合わせで、市場の力を活用することを通じて資源配分の効率性を高めて経済成長力を向上させることが、米英のみならず欧州大陸諸国でも追求されるようになってきている。
その意味で、ケインズ主義をベースとした古典的な「大きな政府」の考え方は支持を失っている。
その一方で、「小さな政府」の考え方に基づいて、膨張した福祉施策を単に削減すればよいという考え方が必ずしも勢いを得ているわけではない。
福祉政策については、「成長」と「福祉」の二律背反を止揚するものとして「雇用」を位置付けた「ワークフェア(workfare、勤労福礼)」という理念を軸としながら、各国の事情に応じた「成長」と「福祉」の両立を目指す新しい経済社会システムの構築が進展してきているとみることができるのである。
わが国も、過去15年間で弱体化した国民生活基盤を再生させるにあたって、このワークフェアというコンセプトに着目し、そこに新たな意味合いを吹き込んだ「ワーク・フェア」の理念を基本原理とする日本社会のビジョンを提示することに、経済と社会、成長と福祉を両立させる道が拓けるのではないか、というのが本書における基本テーゼである。
それは構造改革・市場原理重視路線を否定するのはなく、その成果を正当に評価したうえで、バブル崩壊後見落とされ、放置されてきた問題に取り組んでいくべきだ、とするスタンスである。
つまり、過去15年を全否定する「反・構造改革」ではなく、過去15年を乗り越えていくいわば「超・構造改革」の発想が、いま求められているように思われるのである。
ここで、本書の論考を進めるにあたって、メイン・キーワードとなる「ワーク・フェア」が意味するものについて予め提示しておきたい。
まず、そのベースの概念である「ワークフェア」について、宮本[2004]、武川・宮本・小沢[2004]に基づいて解説すると以下のようになる。
ワークフェアという言葉の起源は、1970年代米国において時のニクソン政権が(要保護児童家族扶助)に就労義務を導入するにあたってこれを正当化するために大統領のスピーチライターが造語したといわれている。
つまり、ワークフェアとは元来、社会保障給付を支給する際に、その条件として就労を義務付けることを意味していた。
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